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平田清乃選手 西多摩新聞1月1日に特集記事

西多摩新聞1月.jpg

平田清乃選手が2009年元旦 
【西多摩からの飛躍、世界で輝く女性アスリート】として
平田選手の地元の『西多摩新聞』で特集されました



上記に掲載紙を載せましたが・・・・・
記事内容を掲載させていただきます。
長文なので、何回かに分けて全文掲載させていただきます。






西多摩からの飛躍、

せかいで輝く女性アスリート



日本一から世界一へ
ソフトテニス界の輝き
ナガセケンコーテニス部 平田清乃さん

日の出町出身で実業団ソフトテニスチーム『ナガセケンコー』(大野美紗子監督)に所属する平田清乃さん(24)は11月まで韓国で開催された『アジア選手権』に出場、上原絵里選手とペアを組んだ複合で優勝の栄冠を手にした。
同大会はソフトテニス『四大国際大会』の一つに数えられ、世界の頂点を競う過酷な大会となっている。
地元中学から都内の名門校、日本屈指の大学と順風満帆に見える経歴の平田さんだが、全て『一からの挑戦』から始まった。


出会い 〜小学生〜
1984(昭和59)年に日の出町で生まれた平田さん。
町立本宿小4年生時に、姉の通っていた『日の出ジュニアソフトテニスクラブ』を見学した。
『次の大会の出場選手が1人足りないから、やってみないか』と声をかけられ、3日間練習して大会に出場した。
未経験ながら大会で勝利も経験した平田さんは『初めてだったけど、すごくテニスを楽しんだ』と当時の心境を語る。
西多摩ジュニア界に名選手を送り続ける同クラブに所属して、都ジュニア優勝、全日本小学生選手権にも出場した。
ここから平田さんのソフトテニスが始まった。


物足りない 〜中学生〜
平井中学に入学後、同級生9人とソフトテニス部へ入部。
ジュニア時代の指導者が折に触れて指導を行ったが、専門の指導者が不在で、部員が考え練習する毎日。
『教えてもらえない』物足りなさが残った。
基本練習の反復、ゲーム練習を繰り返す単調な日々でも『やめたいと思ったことはない』と、テニスに惚れ込んでいた。
大会前は、自宅前で壁打ちを行い、独自の研究も。
『目指せ関東、行くぞ全国』を合言葉に努力した結果、関東大会で準優勝を果たした。
この勝利を『自分でもビックリするくらい調子が良かった』とし、記憶に残る勝利と話す。
目標だった全国への切符も手にし、高いレベルの経験も積んだ。


一番下から 〜高校生〜
ソフトテニスの強豪として、都内屈指の実力を誇る文化大学女子大学付属杉並高校に進学した平田さん。
午前4時半に起床し始発で通学、帰宅は午後10時以降の高校生活。
ハードな毎日も『それまでがメチャクチャだった』自身のスタイルが日々成長していく実感に包まれ、充実していた。
入学当初『すごい上手な人ばかり、自分の実力が一番下だったから不安はあった』と感じたという。
ダブルスの練習中、平田さんの動きを見ていた先輩部員が『何かおかしい』と気がつきポジションの説明を行った。
平田さん以外の新入生は最低限の知識は備えていたが、独学で学んだスタイルは高校レベルでは通用しない。
先輩や指導者に恵まれた平田さんは練習に汗を流し、新たな技術を吸収していった。
『やるだけ、ひたすら頑張る』先輩に喰らいつくので精一杯、余裕はなかった。



       ・・・・・・・つづく・・・・・・・
2009.01.07. | | 日記

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